大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)589号 判決

上告人

株式会社大阪相互銀行

代理人

松田光治

破産者榎本工業株式会社

破産管財人

被上告人

山口伸六

主文

原判決中、金三二〇万円およびこれに対する昭和三九年三月二七日から完済まで年六分の割合による金員の支払を命じた部分を破棄し、右部分について本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

その余の請求に関する部分の上告を棄却する。

前項の上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松田光治の上告理由(一)について。

原判決が破産法七八条一項についてした法律解釈は、正当であつて、否認により破産財団において利得する結果とならない本件の場合においては、同条項を類推適用しえないとした原判決の判断は、相当である。

原判決には、所論のような違法はなく、所論は、独自の見解に立つて、原判決を非難するものであり、採るを得ない。

同(二)について。

原判決が、本件否認権の行使をもつて信義則違反ないし権利の濫用と認められないとした判断は、その事実関係のもとにおいては、正当として是認することができる。

原判決には、所論のような違法はなく、所論は採用しがたい。

同(三)について。

原判決によると、上告人は、昭和三九年三月二六日破産者榎本工業株式会社(以下破産会社という)に対し、第三者である精工技研工業株式会社(以下訴外会社という)振出にかかる約束手形三通(金額一五〇万円一通、一二〇万円一通、五〇万円一通)額面金額合計三二〇万円について満期前に買戻請求権を行使し、前記三二〇万円の代金の支払を受けたが、これは債務の弁済ではなく手形の買戻であり、右買戻行為を否認することは破産法七三条一項の類推適用によつて許されないのみならず、破産会社は中井良一を介して本件手形三通の手形金の支払を受けているから、結局、否認権を行使することは許されない旨を主張したのに対し、原判決は、その確定した事実のもとにおいては、原判示の弁済は、上告人の行使した買戻請求権に基づく手形買戻代金の支払に該当するものであり、これに破産法七三条一項を類推適用する余地はなく、本件手形代金の弁済も同法七二条の原則に従い、否認さるべきものである旨を説示して、上告人の前記主張を排斥し、結局、被上告人の本訴請求をすべて認容している。

しかしながら、約束手形の裏書人たる破産会社が被裏書人から、その手形を買い戻してその代金を支払つたにとどまるときには、破産法七二条の否認権の行使を免れないことはもとよりであるが、買い戻した手形について、その手形金額が破産会社に対し現実に支払われた場合には、その買戻のため要した代金とその手形金の支払を受けたことによる入金とを差引計算し、破産財団に属する財産について価値の減少を来さない限り、右手形金の買戻代金の支払については、破産法七二条による否認権の行使は許されないと解するのが相当である。けだし、手形買戻のさいの代金の弁済とその手形金の弁済受領とを各別に考察せずして、これを破産財団に属する財産の価値の変動の点より総合的に考察するのが妥当だからである。

しかるに、原判決は、単に本件手形の買戻のさいにおける破産会社の代金支払のみを考察するにとどまり、その手形金が破産会社に対し支払われたとの主張があるにかかわらず、何等かかる事実関係について考慮を払わなかつたのは、審理不尽の違法をおかしたものというべく、この点の違法をつく論旨は理由がある。

よつて、原判決中、右手形に関する否認権の行使を許容した限度すなわち金三二〇万円およびこれに対する昭和三九年三月二七日からその完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を命じた部分を破棄しこの部分を原審に差し戻すこととし、その余の請求に関する部分の上告は失当としてこれを棄却し、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に則り、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例